@ 午前4時起床 
 
コーヒータイム 
    
今日は悪い夢を見なかった。不思議である。一日いい仕事ができそうだ。いつものようにコーヒーを入れる。これから4,5時間この一杯のコーヒーをエネルギー源にして手仕事をしなくてはならない。ストーブの火はつけたことがないので、酒のように五臓六腑に沁みわたり体を温めてくれる。


 
A 午前4時半 
 クジラ穂先の面取り
    
今日の仕事は「カワハギ竿作り」なので、まずクジラの穂先作りから始める。
昨日クジラの二枚合わせを作っておいた。長さ40cmの長方形の棒状のものである布地ヤスリ(金属研磨用)を台座に置き、穂先の面取りを行う。、ヤスリを下にして対象物を滑らした方がイメージ通りの研磨ができる。

この作業のおかげで体は温まり、きょう一日の仕事のスケジュールが見えてきた。
  
B 午前5時半
 ひげのねじれの矯め(その間に新聞を読む)
 
クジラのひげは歯の退化(進化?)したものと言うだけあって、硬さは天下一品である。しかし熱を加えると、その硬さの組織がふやけるのか一瞬柔らかくなる。そこを狙って万力で押さえつけて矯めを行う。3,4回繰り返す。

その間、一日で一番の楽しみである朝刊を読む。今日も「夢を追いかける」とか「絆を深める」とかの言葉が並ぶ。「自分探し」というのもある。お釈迦様やキリストが生涯かけて実現を目指したことを、一般の人にもとめるのだから恐れ入ってしまう。

人間の力は一穂(いっすい)のともしびに過ぎないのに、万燈たれと言っているようなものである。20代、30代の若者でなくて良かった。

 
C 午前6時半
 
 漆室に水を打つ
    
今夕の予定に漆塗りが入っている。準備のために保湿性のよい杉材に水を打っておく。この室は来客にはすこぶる評判が悪い。幼児など家に帰ってから二度とあの家には行かないという子もいるようだ。人間が最後に入るハコに似ているからであろう。

この頃は、開けたくない蓋をわざわざ開けて和竿が入っている姿を見せる。
竹の十本は同時に入り、石鯛竿のような長尺も収まる。我が分身ともいえる道具がよけい愛おしくなってくる(馬鹿な子ほどかわいいに似ている)。

 
 D午前7時
  
印籠芯を選ぶ
    
今までの仕事が、体を温めるためのアイドリングとすると、これからが本運転
穂持に付ける印籠芯をまず選ぶ。細すぎても、太すぎてもダメ。細い芯を付けるとその下に来る穂持下に荷重が小さくしか伝わらず、流れるような力の移動が不可能となる。そればかりか、細い方に荷重がかかり過ぎて芯が折れることもある。適合する芯を選ぶために、外径が少しずつ違う物を数多く揃えておかなくてはならない。印籠芯に中芯を二層にして、昨日仮巻きしておいた個所に無事に取り付けることができた。しかし随分時間がかかってしまった。
 
 E午前9時
 
朝 食
    
* 献立
・ ご飯半膳
・ 味噌汁(きざみネギ、すりゴマたっぷり)
・ 二つ分納豆(きざみネギ、すりゴマたっぷり)

清貧にして栄養満点の見事な朝食である。料理研究家女史も合格点をつけるだろうしかしこれには裏がある。大きい声で言えないので、小さい字で書く。

この食事をとる前に、お湯割りの焼酎25度を飲んでいる。自分へのご褒美と言えばそうなのであるが、朝食後仮眠をとるので眠り薬の代わりである。いかに理由があるにせよ、午前中からアルコールを入れることに大いに後ろめたさを感じる。飲んだ後だから、この程度しか食べられない。


  
F午後12時半

 ホームページを点検する
    

重厚な仮眠が取れたのですこぶる快調。パンとコーヒーを傍らに置き、パソコン画面の点検を行う。客からの注文の有り無し、メールの返事等は当たり前として全ページの点検を行う。これも体が軽いからできる。ネットショプ画面の制作と管理を外部の業者に委託すると、目玉が飛び出すほどの金額を請求される。独力制作しか道はない。それはいいのだが、「てにをは」を含めて過ちが結構出てくる。定期的に点検して確認する。





 
G 午後2時
 
すげ口作り
 


  
*小刀を使う作業である。本来は仕事前に砥石で刃を鋭くしておかなくてはならないが、さぼってクジラのひげの平坦部で研磨する。急場しのぎである。ひげに油分があるので刃は傷まない。

*布袋竹の平坦部に、別の竹から採った繊維層の厚い竹を添える。上と下に隙間があっては絶対ならない。蛍光灯で透かして見ながら、隙間の無しを確認した所で接着する。

ところでこの布袋の平坦部を「王道または花道」と呼ぶらしいのだが、本当の所良くわからない。静岡県に学者並みに竹に詳しい役人がいると聞いていたので、電話で伺ってみた。その場では返事が頂けない。富士竹類植物園の学芸員と連絡を取って後日返事を、との事だったがお忙しいのかまだ届いていない。どなたか正式な名前と、その由来を知っている方は是非教えて頂きたい。

 
 H午後4時
 
タバコを買いに行く(そして散歩)
 




  
タバコが残り一本と気づく。テーブルの上、カバンの中、コートのポケット、その他目を皿のようにして探す。もし誰かが近くにいて、「1本、百円で分けてやる」と言ったら絶対買う。

写真は我が家の近くから撮ったものである。この山の下に自動販売機がある。白く見えるのは東名高速道路。川崎市にしては絶景のポイントである。途中の坂道にはミカンの木の見られる。たわわに実をつけている。十数年前にはタヌキの住まいだった。母タヌキが子タヌキ2匹を連れて道を横断している姿を懐かしく思う。

タバコを3個手にして、気分が安定してきた。

 
I午後5時 
 
握りの矯め

 
  
一本の竿だけに集中していると、視野が狭くなり失敗も多い。このことを思い出して、布袋の握りの矯めを行う。「二つの仕事を同時にしろ」との金言を高名な塗師から頂いている。相当な火力を必要とする。ナラ系の黒炭を使う。備長炭は長持ちはするが、火力が弱いので今回は使えない。
 
J午後7時 
 
すげ口に糸を巻く

 
先ほど作って置いたすげ口に、赤絹糸50番手を巻く。ごく軽い仕事である。この後、糸に漆を塗る予定だったが止めにした。

ご飯が恋しいのである。
 
K午後9時 
 夕 飯
 



  
*献立1
・焼きサケ
・トマト2個
・大根おろし
・辛口日本酒二合

*献立2
・煮込みうどん(具はかき揚げ、きざみネギ、すりゴマたっぷり)
またしても清貧にして栄養満点の食事。人がこれでは、かわいそうにと思おうが構わない。肉食中心で肥満体だった頃を考えると、この食事が合っている。

”心は錦”で使っている食器は仕事柄名のあるものを使う。

・徳利は備前
・杯は輪島
・箸は津軽
食事の後は、少しテレビを見て寝るだけである

 




その6〜白幡八幡の矢竹

  




徒歩20分の所に白幡(しらはた)八幡という由緒正しき社があります。1189年、源頼朝の命により造営が行われ、境内に矢竹を栽培することが慣例となっています。           爾来今日まで、氏子が矢竹の育成、栽培を行ってきました。釣竿として矢竹を扱う身にとっては、大いに興味を掻き立てられるところなので紹介をします。
  白幡(しらはた)八幡    矢竹の群れ
   
「源氏の白旗、平家の赤旗」の白幡八幡です。源頼朝が奥州制圧の帰途、戦勝の記念に当地に神社を造営することを思いついたのが事の始まりのようです。多くの神社本殿は太陽の一番輝く南方向を正面としますが、ここは北東方向に向いています。北東方向、つまり旧奥州へにらみを利かせているとのこと。

源氏の勝ち組にあやかろうと、賭け事をする人のお参りも絶えないと聞きます。御祭神の日本武尊(やまとたけるのみこと)も天にいてさぞ戸惑っておられることでしょう。

神主さんが神に奉納する男舞は一見の価値があります。









住所:川崎市宮前区平4−6−1

交通:東急田園都市線 溝の口駅より宮前平駅行バス
    
    白幡八幡前下車   
 


武門の館では、「いざ鎌倉」の心構えを持つために矢竹を植えます。この遺構が当神社に残っている。写真の矢竹がそれです。もちろんこの竹で弓矢の矢を作る訳ではありません。矢師が別の矢竹で作ります。あくまで武門としての誇りと気概の表現です。

地元の60歳台の氏子に聞くと、子供時代から姿かたちは変わっていないという。すると50年経っており、それが形を変えずに残っていることにびっくりします。もっともその氏子によると植木職人が度々手を加えているとのこと。

矢竹は3年生ぐらいで稈(かん)から皮が剥落(はくらく)すると聞いていますがが、この竹は皮が付いたままです。これもわからないことの一つです。
  
これだけの年数が経っているので、もし切って横断面を見たら、稈の肉はとてつもなく厚く、空洞は針孔のように小さいことでしょう。そしてずっしりと重いでしょう。樹木と変わりないと想像します。






 

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制作過程1
(カワハギ竿)
 
 
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(ハゼ中通し竿)
 
    
 
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(タナゴ振出し竿)
 
 
小わざ・小道具1
(定盤・内径削りなど) 
 
 
小わざ・小道具2
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小わざ・小道具3(紙筒の室・継ぎ順番など)
 

小わざ・小道具4(クジラ穂先・ガイドの配列など)

小わざ・小道具5
 
商品T
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竿作りつれづれ1
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竿師の一日・他
 
竿 作 り つ れ づ れ 2
   丹沢湖
(市川 英之氏撮影)




 
 
その1〜生漆(きうるし)(FaceBookに掲載した内容と同じ)


 ▲ 生漆を「なまうるし」と読んだとしたら、この業界から一人前と認めてもらえない。生糸を「なまいと」と読んだら、世間から笑いものになるだろう。昔から、生を「き」と呼ぶか「なま」と呼ぶかは結構厳密に峻別されている。自然界から取り出した物に、手を加えないものが「き」、人工的な作為が入ったものには「なま」と呼ぶ。だから加熱・殺菌した生ビールは「なまビール」である。生蕎麦は、そば粉だけだと「きそば」、小麦粉をつなぎとしたら「なまそば」となる。


人にもこれを当てはめている。生粋(きっすい)の江戸っ子は、3代続けなければならないとされている。日本語は言語表現が豊かであると言われているが、ここにも見られているかもしれない。
 

 

 
 
その2〜
bamboo〜バンブー・名の由来と竹の油(FaceBookに掲載した内容と同じ)
  
▲ 右側の竹は500度の熱で熱したものです。最初の段階では水が蒸発して先端から水蒸気として出ていきます。次の段階に現れるのが竹の油です。竹の油の比重は軽く、これ以上熱すると発火点となり竹表面に火がつきます。またここにはヒビが入っています。水蒸気の熱は体積(一滴が1700倍に膨張)を大きくして出口を探します。節には隔壁がありここで熱風は行き止まりとなり、竹の1番薄い肉質の所をはじいて外に飛び出します。このとき「バーン」と音が聞こえて、これがbamboo の名の由来です。竹の文化溢れる東南アジアでは乾燥期に密集した竹林の中で竹同士がこすれて、この摩擦熱で竹油の発火点を越えて、この音とともに火災が派生し全竹林を燃やしてしまうことがあるそうです。                

 日本では松明は松脂(まつやに)がある「松の木」を使いますが、場所によっては竹油のある「竹の松明」に灯すことがあります。



 


 その3〜再びクジラのひげについて (FaceBookに掲載した内容と同じ)


 【クジラのひげ】〜生命維持装置


▲ 来客と一通りの挨拶が済むと、その人がすぐ[クジラのひげ]に目が行き、「クジャクの羽ですか」と聞いてきた。クジラのひげですと答えるとびっくりしていた。[ひげ]と言っても口辺に生えているものではない。哺乳棒物として海に生きる為に歯茎を進化させてきた。だから口内にある。片側150枚、合わせて300枚が口内に納まっている。回遊しながらオキアミ群に出会うと、口を大きく開け海水と一緒に飲み込む。オキアミは先のひげで絡み取るが、海水は素早く排水しないと致命的な病気になる。その為排水路は工夫されている。元は面積を大きくして


先行くに従って小面積にして水の流れを作る。それだけでなくねじれ(螺旋形)の形で、流水の速度を上げる。お見事と言うしかない。



  

 その4〜竿師のひとり言

 
▲ 和竿愛好家の中では、竹素材を話題にする時、この竹はどこの産であるとか、節がいくつあり、節間のつまり具合がどうとかなどの話題が多い。それも重要ですが竿師が、最後に頭を悩ますことは穂先の如何でです。


多くの竿師は、穂持(ほもち)を穂持下に継ぎ、それを4番(だいたいが手元)と継ぎ、最後に穂先を継ぐがこれを「山場」と思っています。穂持も穂持下のその良さを生かすも殺すも穂先ひとつの選定に関わってきます。グラスでもクジラでも同じことで。ヘラブナ竿師の中では、気に入らなければ数日かけて削り上げた穂先をいとも簡単に放棄して、はじめから作り直しています。

 
その5〜職人は・・・(FaceBookに載せた写真と同じ)
 

▲ 職人の常で品物が売れると新しい道具がほしくなります。今回購入したのは、ph、温度、水分量測定器(左の黄色)とキャスター付き赤外線ランプです。


津軽塗りをするためには、特別な透明漆が必要です。生漆は水分量20〜30%あり、これを温め撹拌して水分量を8%前後まで落とします(素黒目漆)。そのために赤外線ランプが必要とされました。いままでは太陽光の下でやっていた作業が夜でもできるので便利にしています。水分測定器は液体(漆)の中に入れて測ることは不可能でした。また何かで活用できると思います。



 
 

その6〜竿師のある一日
  
初めに

そもそもこの「ある一日」に書こうとしたのは、自分史として記録に残しておくのもそんなに悪くないと思ったことによりよります。他人様が見たらあくびが止まらない一日だと思います。しかし、竿作りを趣味としている人には竿師ってどんな毎日を送っているのか、もしかして興味を示してくれるのではないかと公開することにしました。

なぜこんな平凡な毎日で我慢が出来るのだろう。それははっきり言えます。おもしろいからでです。仕事に困難があるからでです。これまでありとあらゆる失敗をしてきました。「人間は同じ過ちは二度しないものだ」と言いますが、昨日はあんなに気を付けていた火入れで高価な竹を焦がしてしまいました。笑って当座を凌ぐだけです。


 
平成25年寒い1月のある日(仕事のメインはカワハギ竿作り)